一人ひとりが完璧を目指すのではなく、素直に認め合い、補完しあえば完璧になる

 DSC_0003

 

最近、「スピリットリーディング」でこんなことお伝えしました。

 

 

Aさんは、尊敬する上司に対して、気持ちが揺らいできていました。
なんだか、この頃、今まで思っていたイメージと違うのです。

 

こんなに、利己的な言い方をする人だっただろうか・・。

 

何年か前に上司に会ったとき、こんな人のそばで働けると思うだけで、胸が高鳴ったのに・・。
認められたい一心で、疲れていても必死で頑張ってきたのに・・。

理想としていた上司の思いがけない態度に出会うことが多くなり、むなしい想いと、それでもまだ上司を慕う気持ちの真ん中で揺れ動いています。

 

 

今回、Aさんが言われていたのは、こんなことでした。

 

 

あなたはその上司が完璧だと思っていたのに、だんだんとそうではない部分を見るようになって、完璧ではない上司に戸惑っている。
それは、きれいな球体の、光が当たっている部分だけを見て、完璧な球だと思って憧れていたのに、そこに影の部分があることに気が付くようになって、驚いているようなものだ。

 

しかし、人は、それでいいのだ。
影の部分があって、それでいい。

一人ひとりが完全である必要はない。
そのままでいい。

 

完璧であるとは、一人ひとりがそうなることを目指すのではない。
一人ひとりが自分の不足を知り、お互いに認め合い、補完しあって作り上げていく、そういう世界のことだ。

 

 

またそれはこうとも言える、ジグソーパズルの大きなピースだけで世界を作ろうとしているようなものだと。

どんなに大きなたくさんのピースが集まったとしても、小さな隙間がたくさん空いていてはパズルは完成しない。
どんな小さなピースもまた、大きなピースと同じように必要なピースなのだ。

 

 

 

Aさんは、その上司と肩を並べるときが来ているにもかかわらず、上司と並ぶほどになった自分を認めることを怖がっている。もう上司から離れて、自分の道を歩くときですよ、と言われていました。

上司と同じ位置に立てるほどの力をつけてきたからこそ、見えてきた影の部分。
Aさんにとっては、今はまだ上司から飛び立つのは、悲しみのほうが勝っているかもしれませんが、もう十分に準備はできています。
決心しさえすれば、羽ばたくことができるのです。


Aさんが、Aさんらしく活躍されるときは遠くないことでしょう。

 

 

 

 

※私が、「スピリットリーディング」でお伝えした中で、いい言葉だなと感じた言葉で、他の方にもお役に立ちそうなことを、たまに、シェアさせていただくことにしました。
お名前、設定は分からないようにしています。